大判例

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大阪地方裁判所 昭和58年(モ)5227号 決定

原告

竹村健夫

ほか別紙当事者目録一、二〈省略〉記載のとおり五七九名

右原告ら訴訟代理人

大塚忠重

島武男

小野一郎

木村真敏

被告

右代表者法務大臣

住栄作

右指定代理人

布村重成

田中治

武部文夫

川野善朗

外一一名

被告

大阪府

右代表者知事

岸昌

右訴訟代理人

道工隆三

井上隆晴

柳谷晏秀

青木悦男

右指定代理人

伊藤誠

ほか八名

被告

大阪市

右代表者市長

大島靖

右訴訟代理人

色川幸太郎

中山晴久

石井通洋

夏住要一郎

右当事者間の昭和五八年(ワ)第二二七九号損害賠償請求事件につき、原告らから文書提出命令の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

被告大阪府及び同大阪市は、別紙文書目録記載一ないし三の各文書(ただし、被告大阪府については別紙文書目録記載三の文書のうち平野市町抽水所のポンプ運転記録は除く。)を当裁判所に提出せよ。

原告らのその余の申立を却下する。

理由

第一  申立の趣旨及び理由

一原告らが提出を求める文書の表示

別紙文書目録記載一ないし五の各文書(以下、番号順に本件一ないし五の文書といい、または文書全部を合わせて本件各文書という。)

二文書の趣旨

1  本件一の文書

文書名と同様の記載内容を有する文書である。

2  本件二の文書

昭和三二年六月二六日以降同五四年七月一二日以前の豪雨の際の寝屋川水系各河川の水位記録である。

3  本件三の文書

文書名と同様の記載内容を有する文書である。

4  本件四の文書

文書名と同様の記載内容を有する文書である。

5  本件五の文書

文書名と同様の記載内容を有する文書である。

三文書の所持者

1  本件一ないし三の文書

被告大阪府及び同大阪市

2  本件四、五の文書

被告大阪市

四本件各文書によつて証すべき事実

1  本件一の文書

昭和五八年八月三日の寝屋川水系各下水処理場及びポンプ場のポンプ運転の状況、市町ポンプ場のポンプが調整運転された事実及び右調整運転の具体的経過

2  本件二の文書

昭和三二年六月二六日以降同五四年七月一二日以前の豪雨の際の寝屋川水系各河川の時刻毎の水位。

3  本件三の文書

昭和三二年六月二六日以降同五四年七月一二日以前の豪雨の際の寝屋川水系下水処理場、ポンプ場のポンプ運転の状況、市町ポンプ場のポンプが調整運転された事実、右調整運転の具体的経過及び過去における大阪府の洪水処理の実態。

4  本件四の文書

平野市町抽水所集水区域内の洪水処理対策の具体的内容。

5  本件五の文書

下水管渠を通じて市町抽水所に集まる雨水、汚水の量。

五文書提出義務

1  文書提出義務も証人義務と同じく一般的義務である。

すなわち、プライバシーや職務上の秘密等の事由が存せず、かつ、当該証人の証言及び当該文書が挙証者の証明責任の実現のための必要かつ適切であると認められる限り、証人は証言義務を、文書所持者は文書提出義務を負うのであつて、民訴法三一二条はこのような文書を例示したものにすぎない。

民訴法三一二条の文書提出義務を定めた規定が文書の所持者において提出義務を負う文書の範囲を限定しているのに対して、同法二七一条の証人義務を定めた規定が証言義務を負う者の範囲を限定していないことから、証人義務は一般的義務であるが、文書提出義務は一般的義務ではなく、これを証人義務と同様の一般的義務と解することは不当であり、また一般的義務を認めるのと大差のない結果となる解釈も相当でない旨の主張があるが、証人義務の規定においても、別段の規定がある場合には同義務を除外しており、また同法二七二ないし二七四条、二八〇、二八一条において証言拒否権の規定するなど証人義務の範囲を限定しているのであつて、被告国の主張するように証人義務と文書提出義務を区別する合理的理由はない。

2  本件各文書はいずれも、民訴法三一二条三号前段及び後段の文書に該当する。その理由は次のとおりである。

(一) まず、同号前段の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」た文書とは、挙証者のみの利益のために作成されることに限る必要はなく、間接に挙証者の利益を含むものであれば充分であり、その利益とは実体的利益のみならず、訴訟的利益を含むものである。すなわち、右規定は、単に「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレタ」としか定めておらず、同規定所定の文書は後日の証拠のために挙証者の法的地位や権限を証明し、または挙証者の権利義務を発生させる目的で作成された文書をいい、文書作成の動機や目的が直接挙証者の利益のために作成された文書に限られるというように限定するのは、不当である。そもそも、民事訴訟においても、真実の発見が必要なのはいうまでもなく、ただ弁論主義を採用しているため、真実の発見は当事者が求める限りにおいてなすべきであるという制約があるだけであり、当事者の一方が真実の発見を求めながら、その主張を立証するのに必要な証拠を自己において所持しない場合について、その証拠を法廷に顕出する手段を確保するものとして民訴法三一二条が定められているのであるから、同条三号前段を同規定の文言に反して限定して解釈することは、同規定の立法趣旨にそわないものである。

(二) 次に同号後段の「挙証者ト所持者トノ法律関係ニ付作成」された文書についても、挙証者と所持者との法律関係自体及びその法律関係の構成要件事実の全部または一部が記載された文書をいい、文書の所持者が単に内部的に自己使用のために自ら作成し、または第三者に作成させた文書はこれに含まれないと限定して解釈することは、前記文書提出命令の規定を設けた趣旨にそわないものであり、同号後段の定める法律関係文書には法律関係の形成過程において作成された文書やその法律関係に関連のある事項を記載した文書、更にはその記載事項が挙証者と所持者のみならず、相手方との間に存する法律関係の存否に直接に影響を及ぼすものであるものなどをも含むと解すべきである。

(三) そこで、本件各文書について以下個別に同号前後段に該当する理由を明らかにする。

(1) 本件一ないし三の文書について

昭和五七年八月三日の平野市町抽水所のポンプは同日午前五時二九分から順次停止され排水が制限されているにもかかわらず、平野川分水路の水位は逆に上昇しているのであるが、この事実は次の各事実の一ないし複数の事実を示すものである。

(ア) 平野市町抽水所より上流のポンプ場(抽水所)が排出量を制限しなかつた。

(イ) 平野市町抽水所より下流のポンプ場が排出量を制限しなかつた。

(ウ) 第二寝屋川の水位が上昇したため、平野川分水路から第二寝屋川へ流入しにくくなつた。

(エ) 第二寝屋川の水位が上昇したのは第一寝屋川の水位が上昇して第二寝屋川から第一寝屋川へ流入しにくくなつたことによる。

(オ) 第一、第二寝屋川の水位が上昇したのは、第一、第二寝屋川の流域のポンプ場が排出量を制限しなかつたことによる。

ポンプ場のポンプの運転記録と河川の水位とは密接な関連性があり、平野市町抽水所のポンプを調整運転したのは、本件における原告らの浸水被害の直接的原因となつているものである。

従つて、本件一ないし三の文書により、原告らの主張する被告大阪府の洪水処理計画の瑕疵(寝屋川の設置管理の瑕疵)、被告大阪市の下水道等の設置管理の瑕疵、平野市町抽水所の設置管理の瑕疵を明らかにすることができるので、本件一ないし三の文書は、原告らが請求原因事実を立証するために必要な文書として同号前段の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成」された文書に該当するとともに、原告らと被告らの間の損害賠償義務の存否をめぐる法律関係を示すものとして、同号後段の「挙証者ト文書ノ所持者トノ法律関係ニ付作成」された文書にも該当するものといえる。

(四) 本件四、五の文書

本件四、五の文書により、被告大阪市が平野市町抽水所の集水区域に下水道設備を設置するにあたり、いかなる諸点に注意して計画を立案し、実行したかを明らかにすることができる。

従つて、本件四、五の文書は、これにより被告大阪市の下水道等の設置管理の瑕疵、平野市町抽水所の設置管理の瑕疵が明らかになり、原告が請求原因事実を立証するに必要な文書として同号前段の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成」された文書に該当し、かつ、原告らと被告らとの間の損害賠償義務の存否をめぐる法律関係を示すものとして、同号後段の「挙証者ト所持者トノ法律関係ニ付作成」された文書に該当するものといえる。

第二  被告国の意見

一民訴法三一二条は、「左ノ場合ニ於テハ文書ノ所持者ハ其ノ提出ヲ拒ムコトヲ得ス」と規定して、文書の所持者が文書提出義務を負う範囲を限定しているのに対して、同法二七一条が、「裁判所ハ………何人ト雖証人トシテ之ヲ訊問スルコトヲ得」と規定して証人義務を一般的義務であることを明示していることから明らかなように、文書所持者が負担している提出義務は証人義務のように一般的義務でないことはいうまでもない。従つて、文書提出義務を一般的な提出義務を認めるのと大差のない結果となるような解釈は、民訴法三一二条が文書提出義務を限定的に文書所持者と訴訟あるいは訴訟当事者とが特別な関係を有していることを条件に認めていることからいつて、相当でない。

二本件一ないし三の文書は民訴法三一二条三号所定の文書に該当しない。

(1)  すなわち、まず、民訴法三一二条三号前段の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成」された文書とは、後日の証拠のために挙証者の法的地位や権限を証明し、または挙証者の権利義務を発生させる目的で作成された文書をいい、文書の作成の動機や目的が直接挙証者の利益のために作成された文書に限られ、文書作成の時点において、利益についての主体が挙証者と特定されていることを要するものというべきである。文書作成の動機や目的を問うことなく、当該文書が挙証者の法的地位ないし権利権限を明らかにすることに役立つものであれば、当該文書は挙証者の利益のために作成された文書であると解する見解、あるいは、当該文書が直接挙証者のために作成されたものに限定することなく間接に挙証者の利益を含むものであつてもよいと解する見解もありうるが、これらの見解によれば、利益概念が拡大し、文書作成の動機や目的が抽象化され、文書提出義務が限定的な条件のもとで認められていることといちぢるしく齟齬するものといわなければならない。

そして、本件一、三の文書は、寝屋川水系各下水処理場やポンプ場の施設の管理のために、これらの施設に関する運転、作業記録として作成されているものであり、本件二の文書は、寝屋川水系の河川管理者である大阪府知事が河川管理の一環として降雨量及び河川の水位を把握するために記録・作成したものであり、いずれもその文書の作成目的が原告らの利益のために作成されたものではなく、また、直接原告らの法的地位を明らかにする文書でもないのであるから、本件一ないし三の文書は民訴法三一二条三号前段の文書には該当しない。

(2) 次に、民訴法三一二条三号後段の「挙証者ト文書ノ所持者トノ法律関係ニ付作成」された文書とは、挙証者と文書の所持者との間の法律関係自体及びその法律関係の構成要件事実の全部または一部が記載された文書をいい、文書所持者が単に内部的に自己使用のために自ら作成し、または第三者に作成させた文書はたとえその文書に挙証者の利益となる事柄や挙証者と所持者との間の一定の法律関係に関する事項が記載され、また、文書の直接の作成者が挙証者であるとしても、それは本号後段の文書には該当しないというべきである。当該訴訟の訴訟物たる法律関係をもつて、本号後段の挙証者と文書の所持者との間の「法律関係」と解する見解もないではないが、これによれば文書提出義務を証人義務と同様な一般的義務と解することになり、前記一で述べたとおり相当ではない。

ところで、本件一ないし三の各文書は、前記(1)で述べたとおりの目的で作成された文書であるから、大阪府知事あるいは被告大阪府がもつぱら自己使用のためにのみ作成した内部的文書であり、従つて、これらの文書は、民訴法三一二条三号後段の文書にも該当しない。

第三  被告大阪府の意見

一本件三の文書のうち、平野市町抽水所のポンプ運転記録は、被告大阪府は所持していないので、被告大阪府に対する右文書に関する提出命令の申立は、当然却下されるべきである。

二本件一ないし三の文書は、いずれも挙証者の権利・権限を明らかにする目的で作成されたものでないことが明白であるから、民訴法三一二条三号前段所定の文書に該当しない。

また、本件一ないし三の文書は、後記判例のいうように、同号後段の文書にも該当しない。

すなわち、訴訟当事者以外の第三者が文書を所持する場合、右文書を証拠として当該訴訟に提出するか否かの処分権は、一般的には、右文書の所持者に専属するものとしている現行民訴法下において、民訴法三一二条は、右原則に対する例外として、文書所持者と挙証者とが、その文書について同条所定の特別な関係を有するときのみ、挙証者の利益のため、当該文書の所持者の右処分権に制ちゆうを加え、もって、当該文書所持者と挙証者との利害を調整しようとするものと解すべきであるから、同法三一二条三号後段所定の文書についても、これを限定的に解し、同規定にいう法律関係そのものを記載した文書に限られないとしても、その成立過程で当事者間に作成された申込書や承諾書等法律関係に相当密接な関係を有するもののみをいうと解するのが相当であり、しかしてまた、文書所持者が、単に自己使用のために自ら作成し、または第三者に作成させた文書は、例えそれに一定の法律関係に関する記載が包含されていても、右法条三号後段の文書には該当しないと解するのが相当である(大阪高決昭五五・七・一七判時九八六号六五頁、同旨東京高決昭五三・一一・二八判時九一六号二八頁)。

第四  被告大阪市の意見

一本件四、五の文書は、被告大阪市は所持していないので、本件四、五の文書に関する提出命令の申立は当然却下されるべきである。

二本件一ないし三の文書は、民訴法三一二条三号の前後段のいずれの文書にも該当しない。

すなわち、同号前段の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成」された文書とは、後日の証拠のために挙証者の地位や権利ないしは権限を証明するために作成された文書及び挙証者の権利義務を発生させる目的で作成された文書をいい、同号後段の「挙証者ト文書ノ所持人トノ間ノ法律関係ニ付作成」された文書とは、挙証者と所持者間の法律関係自体及びこれと密接に関連する事項について記載されたものをいうものであり、これがもつぱら所持者の自己使用のために作成されたものであるときは、たとえその文書に挙証者の利益となる事柄や、挙証者と所持者との間の一定の法律関係に関する事項が記載されていたとしても、本号後段の文書に該当しないものと解されているところ、本件一、三の文書(ポンプ運転記録)、本件二の文書(水位記録)は雨水記録とともにこれらを常時記録することにより、雨天時における雨水量やポンプの稼働状況と河川の水位との関連性を把握し、もつて下水処理場や抽水所から河川への放流量を適正に保つための資料として作成されるものであり、被告大阪市が下水道事業を円滑に行うために専ら自己使用の目的で作成するものであるから、同号前段の文書に該当しないことはもとより、同号後段の文書に該当するものでないことは明らかである。

第五  当裁判所の判断

一本件四、五の文書については、その提出命令の被申立人である被告大阪市は右各文書を所持しないと主張するところ、記録を精査しても、本件四、五の文書が作成されて、右被告が所持していることを認めるにいたらないから、本件四、五の文書に関する原告らの文書提出命令の申立はその余の点について判断するまでもなく理由がなく、却下を免れない。

二本件一ないし三の文書を被告大阪府及び同大阪市が所持していること(ただし、被告大阪府についての次のポンプ運転記録を除く。)は、当事者の主張及び記録に徴して明らかである。被告大阪府については、本件三の文書のうち平野市町抽水所のポンプ運転記録は、被告大阪府は右文書を所持しないと主張し、記録を精査しても、右文書が作成されて、右被告が所持していることを認めるにいたらないから、原告らの文書提出命令の申立のうち右文書を被告大阪府に提出するように求める部分はその余の点について判断するまでもなく理由がなく、却下を免れない。

三本件訴訟においては、原告らは、被告らに対し、国家賠償法に基づく損害賠償請求をし、その請求原因の要旨は、以下のとおりであることが、記録により明らかである。

1  被告国に対する請求原因

(1) 国家賠償法一条一項に基づくもの

国の機関として、寝屋川水系全体の管理職務を行つている大阪府知事は、過去の浸水データーから昭和五七年八月三日に行つた平野市町抽水所のポンプの調整運転による浸水被害の発生を充分に予測していたか少なくとも予測しえたものであつて、右調整運転を回避すべき注意義務を負つていたにもかかわらず、被告大阪市に対し、あらかじめ右平野市町抽水所の排出先である平野川分水路に危険水位を設定して右平野川分水路の水位が右危険水位を越えるときは前記調整運転を行うように指示し、更に同月二日から三日にかけては、被告大阪府の担当職員を通じて、直接被告大阪市の担当職員に対し、平野市町抽水所のポンプの調整運転を行うよう具体的に指示し、被告大阪市に前記調整運転を実施せしめた。右知事の行為は国家賠償法一条一項の「違法行為」に該当する。

(2) 国家賠償法二条一項に基づくもの(被告大阪府の洪水処理計画の瑕疵)

前記のとおり国の機関として寝屋川水系全体の河川管理職務を行つている大阪府知事は、寝屋川水系全体の洪水処理計画(以下「本件洪水処理計画」という。)を策定するにあたり、次の(一)ないし(四)の誤りをおかした。これは、同法二条一項の河川の設置管理の瑕疵にあたる。

(一) 寝屋川水系の内水区域内における基本高水の算出にあたつての誤り

(1) 本件洪水処理計画では、計画流出量を合理式によりかつ流出係数を0.8として算出しながら、基本高水についてはブリックス式によりかつ流出係数を0.5とした被告大阪市の過小な計算結果をそのまま使用した。

(2) 基本高水を、内水区域内の流出雨水については下水ポンプで排出できる容量しか河道へ排出しないものとして算定し、右内水区域内の流水雨水中内水ポンプで排出できない分については、別途その処理計画をたてていないにもかかわらず基本高水に加算していない。

(二) 寝屋川水系の計画高水流量の算定にあたつての誤り

本件洪水処理計画では、下流の堂島・川や土佐堀川が氾濫し、被告大阪市の中枢部に致命的な影響を与えないことを不動の前提として考え、右前提にかなうように寝屋川水系の最終出口である第一寝屋川京橋口地点での計画高水流量を毎時八五〇立方メートルと設定し、しかも、基本高水流量と計画高水流との差について、内水区域については、これを遊水池や治水緑地等によつてできる限り吸収するような対策を全く講ぜず、これを内水区域にそのまま滞留させることにした。

(三) 内水区域の洪水対策の誤り

本件洪水処理計画では、右計画どおり河道の改修が完成したとしても、内水区域については、せいぜい一時間当たり約二三ミリメートルの降雨にしか耐え得ず、右以上の降雨があつた場合は抽水所は河川への排水を中断し、内水区域に滞留させることになつており、その内水区域の洪水対策は極めて不十分である。

(四) 平野市町抽水所の集水区域の計画高水量設定の誤り

平野市町抽水所の排出量は毎秒六〇立方メートルと定められているが、それは前記のとおり京橋口地点での計画高水流量を毎秒八五〇立方メートルと設定し、そこから逆算して割り当てたものであつて、その限界降雨量は毎秒一二ないし二四立方メートルにすぎない極めて不十分なものとなつている。そのうえ、右抽水所の排出先の平野川分水路等は未改修であるから、右抽水所は毎秒六〇立方メートルすら排出できなくなつており、ますます不十分なものになつている。

2  被告大阪府に対する請求原因

被告大阪府は、前記国の機関たる大阪府知事及びその補助機関に対して給料、諸手当等を給付するなど国家賠償法三条一項にいう費用を負担しているものであるから、同法一条一項、二条一項、三条一項により賠償責任を負う。

3  被告大阪市に対する請求原因

(一) 国家賠償法一条一項、二条一項に基づくもの(平野市町抽水所の管理の瑕疵及び右抽水所のポンプの違法な調整運転)

(1) 被告大阪市は、過去の浸水データーから昭和五七年八月三日に行つた平野市町抽水所のポンプの調整運転による浸水被害の発生を充分に予測していたかあるいは少なくとも予測しえたのであつて、右調整運転を回避すべき注意義務があつたにもかかわらず、あえて右調整運転を行つた。

(2) 右調整運転する際に、事前に付近住民に、右調整運転を行うことを周知させ、付近住民に危険回避の対応策を講ずべき余裕を与えるべき注意義務があつたにもかかわらずこれを怠つた。

以上(1)、(2)は、それぞれ国家賠償法一条一項、二条一項に該当する。

(二) 同法二条一項に基づくもの

(1) 下水道施設の設置上の瑕疵

寝屋川水系の計画高水流量を越える降雨があつた場合、右計画高水流量を越える余剰雨水は抽水所から河川へ排水できないために、下水管渠下流の一部地域(低地)に集中し、右地域の下水道管開口部(マンホール、便所等)から溢水してしまうような出口のない下水道施設を設置した。

(2) 平野市町抽水所の設置上の瑕疵

平野市町抽水所のポンプの容量を定めるにつき、合理式を用いるべきであるにもかかわらずブリックス式を用いて毎秒六〇立方メートルと算定したため、限界降雨量がわずか毎秒一二秒ないし二四立方メートルにすぎないものとなつており、これを越えた降雨は右抽水所の区域内に滞留することになり、しかも被告大阪市の下水管の流入雨水は毎秒最大約二〇〇ないし二四〇立方メートルであるため、右六〇立方メートルを越える余剰雨水は平野市町抽水所付近の低地において下水管の下の方の開口部(マンホール、便所等)から噴出することになつている(なお、現実には右抽水所の排出先である平野川分水路等の改修が完成していないので、右抽水所は毎秒六〇立方メートルすら排出できず、従つて右噴出する雨水量は更に増加する。)。

四そこで、右内容の請求に係る本訴において、本件一ないし三の文書が民訴法三一二条三号後段所定の文書(以下、法律関係文書という。)に該当するかどうかについて検討する。

まず、本件一の文書は昭和五七年八月三日の豪雨の際の寝屋川水系の各下水処理場、ポンプ場(抽水所)のポンプの運転記録(平野市町抽水所の分は除く。)であり、これによりたとえば平野市町抽水所以外の寝屋川水系の抽水所は右豪雨の際に調整運転をしなかつた事実を明らかにすることができる可能性があり、その他各ポンプ場のポンプの運転状況と河川の水位との相関関係の立証に資するなど、原告らの主張する本件洪水処理計画の瑕疵、平野市町抽水所の設置管理の瑕疵や平野市町抽水所のポンプの違法な調整運転の事実など請求原因事実を立証するうえでその必要性は極めて高いものといえる。また、本件二、三の文書は、昭和三二年六月二六日以降同五四年七月一二日以前の豪雨の際の寝屋川水系管内量水標及び寝屋川水系各下水処理場、ポンプ場(抽水所)のポンプ運転記録であり、右の際の浸水被害の資料と照合することなどによつて、平野市町抽水所のポンプの調整運転を行えば浸水被害が生じるという予測が可能か否かを明らかにしうることが考えられ、さらに、各ポンプ場のポンプの運転状況と河川の水位との相関関係の立証に役立つなど、本件二、三の文書も原告らの主張する本件洪水処理計画の瑕疵、平野市町抽水所の設置管理の瑕疵及び平野市町抽水所のポンプの違法な調整運転などの請求原因事実を立証するうえでその必要性は極めて高く、当審がその証拠調をする必要性も高いものといえる。

ところで、民訴法三一二条の立法趣旨は、訴訟における真実発見と、証拠が偏在する場合における証拠面での当事者対等を図るという見地から、挙証者が立証に必要な文書を所持せず、かつその所持者が任意提出に応じない場合に、その提出を義務づけて立証の途を開く一方、これを全ての文書について認めるときは、所持者の利益を不当に侵害する結果を生じうるので、衡平の見地から提出すべき文書の範囲を限定することにあると解すべきであり、法律関係文書も、この見地から、それに該当するかどうかを決めるべきである。従つて、規定の沿革はともかく、法律関係文書を単なる契約関係ないしこれと同視すべき法律関係を記載した文書のみに限定すべきではなく、挙証者と所持者との間の不法行為に基づく損害賠償請求の権利義務の関係自体ないしその存在に直接または密接な関係のある事項について作成された文書のようなものも法律関係文書に含まれるものとすべき場合があると解すべきである。もとより、こうした文書は、たとえば立証者と文書所持者との間に締結されたある契約の内容を記載した契約書等とは異なつており、本件においても問題となる所持者の自己使用を目的としたいわゆる内部文書のように、その文書に関係のある法律関係に係る紛争に関しても、外部に顕出されることを予定していないものが多いと考えられるところであり、所持者がその文書を外部に顕出することを欲しない場合は、これを極力尊重すべきではあるが、しかし、その点を配慮してもなお、前記の真実性の発見と証拠における当事者対等を実現する見地から、かかる文書を法律関係文書にあたるもの、ないしこれに準ずるものとして、所持者に提出を命ずべき場合があることを否定することはできない。

本件においては、原告らと被告らとの間に国家賠償法に基づく損害賠償義務の存否をめぐる法律関係が存在しており、本件一ないし三の文書は、すでにみたとおり、原告らの損害賠償請求を基礎づける請求原因との関わりが明らかにされたものであつて、右損害賠償の権利義務自体についてではないが、その存否に直接または密接な関係のある事項について作成された文書ということができ、形式的には法律関係文書の要件を充たす文書であるか、少なくともこれに準ずる文書にあたるものとみることができ、かつ、前記のとおり原告らの主張する請求原因事実の有無を立証するうえでその必要性が極めて高いものである(従つて当審の審理においても証拠調を行う必要が極めて高いものである。)。なお、本件一ないし三の文書は、原告らにおいて、そこに設置されているポンプの調整運転が原告らの被害の直接の原因となつた旨主張する平野市町抽水所に関するものだけでなく、寝屋川水系全体に関するものをすべて含むのであるが、河川ないしその水害防止設備の設置、管理の瑕疵あるいは本件における右ポンプの運転のような防災設備の運用行為の違法等は、河川に関するものであることの特質上、被害の直接の原因となつた部分だけについて判断すればそれで右瑕疵あるいは行為の違法を決めることができるというものでなく、当該部分を含む河川ひいてその河川の水系全体の河川防災計画(改修計画)及びその計画の実施としての諸設備の設置、管理並びにその設備の運用行為の状況を、河川管理に関する技術的、自然的、社会的諸条件に基づく諸制約を斟酌しつつ、総合的に把握したうえで、当該部分における防災設備の設置、管理の瑕疵ないしその設備運用行為の違法の有無を決めることができるものと解すべきであるから、本件のような水害を原因とする損害賠償請求事件における法律関係文書も右の観点からこれを決めるべきであつて、本件の平野市町抽水所を含む寝屋川水系全体に関する本件一ないし三の文書は、すべて原告らの損害賠償請求の権利義務に関するものというべきである。そして、原告らの請求原因事実の有無の立証にとつて本件一ないし三の文書全体の必要性が高い(証拠調の必要性も高い)ことも、すでにみたところから明らかである。

もつとも、民訴法三一二条三号後段にいう法律関係を本件におけるように訴訟物たる法律関係をも含ませ、しかも右法律関係の一部についてでも関係のある事項を記載した文書であれば、無制限に法律関係文書であるとすれば、当該訴訟において証拠調の必要性のある文書は全て法律関係文書に該当することになり、文書提出義務を実質的に証人義務と殆んど差のない一般的義務と解することになつてしまうおそれがあり、このことを指摘する被告らの主張は、理由がないものではない。しかしながら、法律関係文書の範囲を被告ら主張のように限定すると、本件各文書のように、請求原因事実の有無を立証するうえで必要性が極めて高く(従つて証拠調の必要性が極めて高い)文書であつて、かつ後にみるように文書所持人が文書提出により全く不利益を受けないものについても、所持人から任意提出されない限り、およそ訴訟の場に顕出されないことになり、前記の民訴法三一二条の趣旨からあまりにかけ離れた結果となることが明らかであり、個々の文書作成の目的、作成された文書の性質等を具体的に考慮して所持者に文書提出義務を認めても所持者の利益を損うことがないか、多少利益を損うことがあつても、文書が顕出されないことによつて挙証者がこうむる不利益と比較すれば、これを受忍すべきものである場合には、所持者に文書提出義務を認めるべきものであるというべきである。

右の点に関して、本件において考慮すべきことは、被告国あるいは同大阪市が、本件一ないし三の文書は自己使用のためのいわゆる内部文書に該当すると主張していることである。なるほど、記録に徴してみると、本件一ないし三の文書は、被告大阪府または同大阪市が雨水記録とともにこれらを常時記録することより、雨天時における降雨量やポンプの稼働状況と河川の水位との関連性を把握し、もつて下水処理場や抽水所から河川への放流量を適正に保つための資料として作成されるものと認められる自己使用を目的とした内部文書といえなくはないとも考えられる。しかし、そのような文書についても、そのすべてについて当然に文書提出義務を否定すべきものではなく、専ら文書の所持人に提出するか否かの選択を委ねなければならないほどの内部文書にあたるかどうかについては、なお当該文書の性格について実質的検討を加えて決めなければならないと解される。そして、本件一ないし三の文書の作成者は、一般私人と異なり、被告大阪府や同大阪市という公的機関であつて、また、本件一ないし三の文書の作成目的が下水処理場や平野市町抽水所から河川への放流量を適正に保つという強度の公共ないし公益目的のために作成されたものであることが記録に徴して明らかであるから、所持人の選択のみに従つて外部に顕出するかどうかを決しなければならない内部文書であるとはたやすく言い難いのみならず、本件一ないし三の文書は、いずれも、ポンプ運転記録及び量水標水位記録といつた客観的な事象の記録を記載した文書であつて、作成に関与した者の意思、意見が介入する余地もまずないものであり、またたとえば個人のプライバシーに関する記載を含む文書のようにこれを秘密にしなければならない事情のあるものでもないことが、本件一ないし三の文書の性質に照らして明らかであり、さらに、本件一ないし三の文書が提出せられることにより、すなわち、右客観的な記録を外部に明らかにすることにより、被告大阪府ないし同大阪市はその円滑な行政活動を行うにつき支障をきたすなどの不利益を受けることは、右被告らからいつさいその旨の主張がなされないことからもわかるように全く考えられないところである(被告大阪市が昭和五七年八月三日の豪雨の際の平野市町抽水所のポンプ運転記録を提出していることは、本件一ないし三の文書を外部に顕出することを妨げる事情のないことを窺わせるものである。)から、これを所持する被告大阪府及び同大阪市に本件一ないし三の文書を提出するか否かの選択を委ねないとしても、その利益を損うことはないということができる。他方、本件一ないし三の文書は前記のとおり形式的には法律関係文書の要件を充たしているか、これに準ずる文書といえるものであり、そしてその証拠調の必要性が極めて高いものである。

以上のような事情を合わせ考えて、本件一ないし三の文書は、民訴法三一二条後段の法律関係文書に該当するか少なくとも法律関係文書に準ずるものとしてその所持者に提出を命ずるのが相当である。

五本件一ないし三の文書の証拠調の必要性のあることはすでにくり返しみたとおりであるから、本件各文書提出命令の申立は、本件一ないし三の文書について提出を求める限度で正当としてこれを認容し(ただし、被告大阪府については、本件三の文書のうち平野市町抽水所のポンプ運転記録を除く。)、その余は理由がないのでこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(岨野悌介 本間榮一 中村也寸志)

文書目録

一 昭和五七年八月三日の豪雨の際の寝屋川水系各下水処理場、ポンプ場(抽水所)のポンプ運転記録(テレメーター)

ただし平野市町抽水所のポンプ運転記録は除く。

二 昭和三二年六月二六日以降同五四年七月一二日以前の豪雨の際の寝屋川水系管内量水標水位記録表

三 昭和三二年六月二六日以降同五四年七月一二日以前の豪雨の際の寝屋川水系各下水処理場、ポンプ場のポンプ運転記録(テレメーター)

四 平野市町抽水所の建設計画

ただし、丁第七号証の一(公共下水事業計画書(変更))、丁第七号証の二(公共下水道事業計画付表(変更))、丁第七号証の三(昭和四七年一二月二七日付認可書)を除く。

五 平野市町抽水所集水区域の下水道整備状況

ただし、丁第八号証の一(大阪市公共下水道事業計画書(変更))、丁第八号証の二(大阪市抽水所流量計算表)、丁第八号証の三(大阪市下水道事業計画一般図)、丁第八号証の四(昭和五七年二月一七日付認可書)を除く。

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